top of page

ハロー、ミシェーラ。
兄ちゃんは今、マネキンに憑りついたオカマ声の悪霊を成仏させる為に、すたみな太郎で鬼のような量のハラミを焼いています。


「スターフェイズさん、どうにかならないですかね。この気が狂ったようなモノローグは」
「僕に言われてもなぁ」

すたみな太郎のロゴが印刷された意識の低そうなマグカップでホットコーヒーを流し込んでいる直属の上司は、前提として君の頭がおかしいんだから、たまにモノローグの気が狂うことくらいあるんじゃないかな、と堂々と言い切った。
いやいや、休日だった筈の俺達を狂った現場に駆り出したのは、上司であるスターフェイズさんの采配なのだ。だから目の前に彼に対して不満をぶつけるのは、労働者が持つ当然の権利だと思うのだが。


「他でもない君の妹だ。兄から気が狂ったような知らせが届くのも慣れたものだろう」
「十年前なら若気の至りで大目に見てくれたかもですけど、アラサーになった兄からこんな知らせが来てもただただ困惑の一言だと思うんすよね」

ライブラのメンバーに加わって丸十年。ザップさんは現場、俺はスターフェイズさんの下で内勤と部署に違いはあるが、共に幹部の一員として忙しく過ごしている今では、二人揃って休める祝日はなかなか貴重になっていた。せっかくだから愛娘のバレリーを連れて、三人で少々値の張るレストランにでも行こうかな、なんて思っていたのに。
今日も休日出勤して一人レッドブルのテイスティングをしているであろう上司が可哀想だから、ちょっとサブウェイでも差し入れてやろうかと、変に仏心を出して事務所に顔を出したのが間違いだった。


「えっと、今日は何でしたっけ。オカマに憑りついたマネキン退治をすればいいんでしたっけ」
「逆、逆」
「すみません、この任務に全く興味が沸かなくて。もう一度案件確認しますね」

フロアの隅にある『保護者の方とご自由にご利用下さい』と書かれた機械でわたあめを作っているザップさんとバレリーを横目で確認してから、上司に手渡されていた紙の資料に目線を落とす。
【ヘルサレムズ・ロット市街地にあるファミリー向けバイキング店に設置されたウェイトレス姿のマネキンが、時折何かが乗り移ったように動き出すとの報告有。オカマのようなハスキーボイスで、店内の若い食べ盛りの男性客に、執拗に上カルビを勧める姿が複数回目撃される。危険度E】とある。

うん、毛ほども興味が沸かない。
一緒に強制連行されてきた妻子が、普段来ることのないバイキング店で楽しそうにわたあめを作って過ごしているのが不幸中の幸いだ。


「このマネキンって動き出しても、執拗にカルビを勧めてくるだけなんですか?そんなに被害無くないです?危険度も最低のEだし、放っておけばいいのでは……」
「レオナルド。君は先程からハラミを焼いているね」
「はい。好きなんで」
「今この瞬間にマネキンが動き出し、ハラミでは大人一人分の料金の元が取れないと、君に執拗に上カルビを勧めてきたらどう思う」
「バイキングなんだから自由に好きなもん食わせろよって思います」
「な」
「な、じゃないですよ!こんな微妙な案件の解決もライブラの管轄なんですか」
「デスクワークに少し飽きてきていた所に、君達家族が来たものだからね。僕の気分転換に丁度いい案件かな、と思ったまでさ」
「丁度いい案件かな?じゃないんだよ!タバコ休憩感覚で部下一家の貴重な休日を潰さないで下さいよ!」

とは言え、ライブラの青鬼(赤鬼ではなく青鬼なのは、クラウスさんが赤鬼担当だからではなく、スターフェイズさんの徹夜明けの顔色由来だ)の異名を持つ上司を睨み付けるような勇気がある筈もなく、俺は代わりにじっとりとした視線でマネキンを見つめた。
資料によると、レジ脇に立っている女性のウェイトレス形をしたマネキンは、この店がハンバーガーショップのチェーン店だった頃から置かれているものらしい。

若い頃は俺もザップさんも赤貧のジリ貧のキングボンビーだったので、閉店するまではこの安価なハンバーガーショップに何度かお世話になった。確かにこのマネキン、どことなく見覚えがあるような、ないような。


「どうだ。何が見える」
「うーん、ただのマネキンっすね、今のところ」
「神々の義眼でもか」
「残留思念みたいな、何かしらの残りカスが付着している感じはするんですけど、反応が弱すぎてよく分からないですね。実際に動き出したらまた違うのかもしれない」

とは言え、制限時間内に確実にマネキンが動き出す保証は無く、その場合は単に90分制限のバイキングを楽しみに来ただけになってしまう。重ね重ね、わたあめ作成マシンにザラメと割り箸を突っ込んでわたあめを作っているザップさんとバレリーが、心からバイキングを楽しんでいる様子なのがせめてもの救いだ。

でもザップさん、まだわたあめ作ってんですか?いつまでわたあめ作ってんですか?機械の中でぐるんぐるんに掻き回してるわたあめが既にもう巨大バルーンアートみたいなでかさになってるじゃないですか?隣で見てるバレリーも「パパそれ以上はまずいわよ!筋斗雲みたいよ!」みたいな顔してるじゃないですか。


「前に来たことがあるんじゃないのか、ここ」
「ええ、随分と昔ですけど、まだハンバーガーショップだった時に二人で何度か。安い店だからポテトも冷めてしなしなになった状態で出て来るんで、ザップさんがジッポライターで直接芋に火を付けて温め直してくれたりして……」
「こう言ってしまっては僕の品性が疑われるが、十年前の君達はあれだな。最底辺だったな」
「あの頃は相当な赤貧生活でしたからね、焼き肉なんかライブラの忘年会でしか食えませんでしたよ」
「そうだな。こんな給料じゃろくなものが食えないと、ザップにも毎月のように恨み言を言われたもんだ」

スターフェイズさんは焼き上がったハラミには手を付けようとせず、わたあめ作成機と格闘する俺の妻子と、全く動く気配のないマネキンを交互に眺めている。

毎月の賃金はその日のうちに酒と女と煙草代に消え、東京産まれヒップポップ育ちではないけど悪そうな奴とは大体友達だったあのザップ・レンフロが、娘の為にバイキング店でビッグなわたあめを錬成する三十代になったのだ。上司としては色々と思うところがあるのかもしれない。
ただ、俺個人としては、色々と思うところがあるで留めておかず、ちょっとそのわたあめはでかすぎるんじゃないのか、無料サービスとはいえやりすぎなんじゃないのかと、上司の方から口頭で注意して欲しかった。
こちらからザップさんに注意すると何かと角が立つし、何なら俺の情操教育にケチ付ける気かテメエ、と愛娘の教育方針論にも発展しかねないからだ。何年が経過しても実にバランス取りが難しい、結婚生活というものは。


「残留思念っていうのは、具体的に何がどんな風に見えるんだい」
「肉を焼きながらする話じゃないんですけど、例えばこの場所で血みどろの殺人事件が起こるとしますよね」
「本当に肉を焼きながらする話じゃないな」
「そうすると、亡くなった被害者の記憶や感情が血痕なんかを通して現場に染み込んで、義眼で確認出来る痕跡になって残ってることがあるんですよ。被害者の生前のオーラだけがぼんやりと見えたり、被害者が絶命する瞬間が現場に焼き写しになっていたり、その時によって見え方は様々なんですけど」
「その思念の残滓が弱々しいながらもマネキンから感知できる、ということは?」
「うーん、この場所に強い後悔を持った人物の血液がマネキンに付着した、とか…………そうだ!スターフェイズさん、過去にこの店で上カルビが大好きなオカマがマネキンに押し潰されて死亡する事件がありませんでしたか?」
「あると思うかい?」
「ないでしょうね」

我ながら無理がある推理だという自覚はあったので、いいえあった筈なんです!ちゃんと調べて下さい!などと無駄に食らいついたりはせず、そのまま流しておいた。
スターフェイズさんも部下の妄言は気にも留めずに、右から来たクソ推理を左に受け流すといった風情で、相変わらずザップさん達の後姿とマネキンを交互に眺めている。


「実際どういうことなんでしょうね。仮にこの場で殺人事件が起こったんだとしても、普通の人間の血が付着しただけで、マネキンを動かせるほどの強烈な思念が残るとは到底思えませんし」
「そうか。普通の人間の血液が付着した程度では不可能か」
「あの、さっきからずーっと見てますけど、バレリーに何か?」
「何かという程じゃないが、普段子供を目にする機会が無いから新鮮でね」
「ライブラも高齢化が進んでますからね」
「あんなに小さかった少年がもう29歳になるんだもんなぁ」
「加入当時19歳だったんでそこまで小さくは無かったですけど……今はもう中年に差し掛かろうかという域ですね」
「ライブラ幹部の平均年齢は年々まずいことになっている。君やツェッドの加入以降、若手の育成に力を入れて来なかったツケを今になって感じているよ」
「忘年会だと最初、クラウスさんスターフェイズさんKKさんパトリックさんが上座に固まって座ってるじゃないですか。あれ下座から眺めてると結構やばいですよ」
「誰が限界集落だって?」
「そこまでは言ってないです」

四十代半ばに差し掛かった上司との会話に若干の気まずさを覚え、そこから逃げるようにして愛する妻子達に視線を向ける。本当、微笑ましい光景だよな。ザップさんが作っているわたあめがでかすぎて新種のウルトラ怪獣みたいになっている、という点さえ除けば。


「人って変わるものですね」
「環境が人を変えるんだろうか。それとも環境によって人の性根が変わったと周囲が思い込まされるのか」
「また哲学ですか」

ザップさんは昔から面倒見の良い人ではあったけど、それと同時に横暴でへそ曲がりで、極めて欲に弱い人でもあった。デートの待ち合わせに数時間遅れてくるなんて日常茶飯事で、ようやく現れたと思ったら謝罪の前に「さっきスロットで全財産スッちまったから有り金貸してくれや」と、酒に焼けたガラガラの声で金の無心をされたのは一度や二度ではない。

元々がそんな人物だったから、バレリーを引き取ったのをきっかけにギャンブルから綺麗さっぱりと足を洗ったことには驚いたし、平日に早起きして子供と一緒に庭の花壇の手入れが出来るような人だったのか、と意外でもあった。
スターフェイズさんの言葉を借りるなら、これも環境が人を変えた、ということになるのだろうか。


「ギャンブルと一緒に煙草も止めたんだったな」
「ええ。平日はアルコールもあまり飲まないですね」
「女遊びなんて以ての外だろうし、他に趣味らしい趣味なんて無かっただろう。休みの日はどうしてるんだ、あいつ」
「興味あるんですか?ウォッチの伴侶の休日の過ごし方に」
「これっぽっちも無いよ」
「何だよ!じゃあ聞かないで下さいよ」
「純粋に暇なんだよ。マネキンが動き出す気配はないし、かと言って徹夜明けに食べ放題の焼き肉を詰め込めるような強靭な内臓も持ち合わせてはいないし」
「クラウスさんは昨日から別件でマンハッタンでしたっけ?せっかくだし一緒に焼き肉食べられたら良かったんですけどね」
「あいつも四十近いし、元々胃腸が丈夫な方じゃないからなぁ。昼間から食べ放題の元を取るほど肉は食えないと思うよ」
「事務所に二人しか出勤してない日ってランチは何食べてるんですか?野菜のみのサブウェイとか?」
「最近はもっと胃に優しいものを食べてるかな。やわらかいウエハースとか」
「可哀想ですね」
「誰が老老介護だって?」
「言ってないです」

我々より少しばかり内臓年齢が若いからといって調子に乗るんじゃない、と一刀両断にされたので、すみません、と頭を下げて謝罪したが、何故いま上司に謝罪をしたのかは自分でもよく分かっていない。


「庭に花壇があるんですけど、ザップさんが休みの日はよく手入れしてくれてますよ」
「ほぉ」
「スマホで育った花の写真を撮ってインスタグラムに投稿したりもしてますよ」
「あいつそんなキャラだったか?」
「トルケスタニカっていう白い花を育ててるんですけど、ちょっとザップさんの写真を撮る角度が良くなくて、庭に白いケシの花を大量に植えてるぜみたいな画像になっちゃったんですよね」
「大麻の原材料じゃないか」
「ザップさんが『最近の趣味☆』ってコメントと共に写真を載せたんで、自宅で大麻を栽培するのが専らの趣味の人みたいになっちゃって、インスタ経由で警察に通報されて、ダニエル警部が部下を数十人引き連れて自宅に押し寄せてきて、なんかもう凄いことになりました。先月の日曜」
「警察に自宅が割れていて数十人規模で押しかけられる秘密結社幹部って……どうなの?」
「どうなの?と言われても、既に来てしまったもんは仕方ないじゃないすか……」

しまった、ウォッチ家の仲睦まじさをアピールするつもりだったのに、ザップさんどころか俺の心証まで悪くなってしまった。間もなく夏になるし、下手をしたらボーナスの査定結果に響くかもしれない。
あっそうだ、料理、料理ならどうだろう。これなら大麻と違って付け入られる隙が無いはずだ。


「ザップさん、休みの日は凝った料理を作ってくれますよ」
「若干ありきたりだが、大麻栽培よりは遥かにマシか」
「普段ザップさんが作ってくれる食事ってメニューが地味だし、全体的に茶色いんです。芋を煮たやつとか、きんぴらごぼうとか」
「ああ、知ってるよ」
「それで、たまには洋食が食べたいな~ってお願いしたら、なんと作ってくれたんですよ、ビーフステーキを。優しすぎますよね」
「ほぼ茶色じゃないか」
「レシピに『弱火で適度に焼く』って書いてあったらしいんですけど、適度がどのくらいか、よく分かんなかったみたいで。フライパンでじっくり八時間くらい焼いてくれました。ビーフを」
「誰も止めなかったのか?」
「バレリーは友達の家に遊びに出かけてたし、俺も凝った料理に没頭する妻を静かに見守る休日っていうのに憧れがあったんで」
「だからって限度があるだろう」
「本当に凄く憧れてたんで、八時間ビーフを焼くザップさんを、隣で八時間ずっと見守ってました。先々月の日曜日です」
「君ら夫婦の休日は何でそんななの?」
「いけませんかね」
「いけなくはないが、うーん、念願の洋食が食えたのなら良かったんじゃないか」
「洋食っていうか……八時間じっくり焼いてますから、まぁ、消し炭ですよね」
「何なの?」

好感度アップ間違いなしのつもりだったのに、上司の最終解答は【なんなの】の四文字で終わってしまった。
おかしいな、あのザップさんが料理を趣味にしているなんて、なかなかにパンチの効いた意外性のある話題だと思ったのだが。


「どこで好感度が得られると思ったのか分からないし、そこまで意外でもないし」
「えっ、ザップさんですよ?あのザップさんの手料理ですよ?」
「没頭出来る環境が整ったのが最近というだけで、元々関心はあったんだろう」
「そうですかねえ」
「関心が無ければ、ここまで意味不明の事件が発生したりしないよ」
「は?」
「普通の人間の血液では無理でも、普通ではない人間の血液なら?」
「え?」
「まったく。強制的に君の手当てを上乗せしなかった我々が悪いのか、最初から素直に手当てを受け取らなかった君が悪いのか……」
「もう、そうやってすぐ一人で哲学の世界に入る。スターフェイズさんの悪いクセ」

某刑事ドラマの名台詞を意識しながら肩を竦めると、山盛りのカルビが乗った皿をテーブルに運んで来てくれたザップさんと目が合った。
バレリーの姿が見えないが、一人でトイレにでも行ったのだろうか。


「あ、新しい肉取ってきてくれたんですか。ありがとうございます、ハラミの次に焼きますね」
「おめえ何でハラミなんていうしみったれたもんを食ってんだよ、もっと良い肉を食らえよほら」
「だってハラミ好きなんだもん……あれ、ザップさん、さっき作ってた巨大なわたあめは?」
「細けえこたあいいんだよ。若いうちは破裂するまで食っとけよ栄養ある肉を」
「もうそこまで若くないっすけど、とか言うと誰かさんに怒られちゃいますかね」

そう言ってやわらかいウエハースを主食にしている誰かさんを見ると、誰かさんは怒るどころか鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。
いや、スターフェイズさんだけじゃない。隣のテーブルに座っている団体客も、近くを通りかかったウェイターも、まるで鳩が眉間を豆鉄砲で打ち抜かれた時のような顔をしてこちらを見ている。
褐色銀髪の男性がカルビを運搬する光景がそんなに珍しいのかな。ていうか、ちょっとこの店には多過ぎじゃないだろうか。鳩が。


「やっぱりか」
「何がやっぱりなんですか」
「それ、何に見えてる?」
「それって失礼な。上カルビを持って来てくれたザップさんに向かって」
「やっぱりな」
「やっぱりもさっぱりも無いですよ!それ以外の何に見えるんですか」
「執拗に上カルビを勧めてくるウエイトレス姿のマネキンに見えるが」
「え」

反射的にわたあめ生成機の方へ視線を向けると、相変わらずわたあめ作りに熱中しているザップさんとバレリーの後ろ姿。


「…………参ったな。動いている時のオーラがザップさんと同じものだったんで、完全に本人に見えてました」
「神々の義眼は単純な視覚情報よりも、通常の視界では得られない筈のデータを優先的に脳に伝達するのかもな。今後その性質を悪用されないよう願うばかりだ」

ようやく全容を理解した俺は、隣の席へゆっくりと視線を戻す。
思いを遂げたからか、椅子に座ったまま既に動かなくなっていたそれは、確かにウェイトレスの姿をしたマネキン人形だった。


「君達がバーガーショップを利用した際に、マネキンにザップの血液が付着した可能性は?」
「……覚えてませんが、ガラの悪い客に絡まれて殴り合いの喧嘩になったことは何度かありました。その時に付着した可能性はゼロじゃない、と思います……」
「若い男性客のみに反応していたのは、声だけで君を探していたからかな。このマネキン耳も鼻も口もあるけど、笑顔で作られているせいで瞼が開かない」
「最初から全部知ってて連れて来ましたね。性格悪いですね本当」
「そうでもないさ。確信を持ったのはたった今だ」
「どうだか」
「まあ、資料に目を通した段階である程度予想は出来たけど」
「あんな薄っぺらい資料を見ただけで、ですか」
「ザップには毎月のように恨み言を言われてたからなぁ。こんな給料じゃ妹に仕送りをしているレオナルドがろくなものが食えないとか、たまには上カルビを食わせてやらないと死んでしまうから飲み会を増やせとか、酒に焼けたハスキーな声でね」


そりゃあザップさんとここで萎びたポテトを摘まみながら、給料が足りないとか、たまには上カルビみたいな栄養ある肉が食いたいとか、頻繁に愚痴ってはいたけれど。
それにしたって、俺に美味い肉を食わせたい一心で、無意識のうちに血法でマネキンを動かしたりしますかね。ザップさん、あんた頭のてっぺんから血の一滴に至るまで、ちょっと俺のこと好き過ぎるでしょうが。知ってましたけど。


「もっと感情を素直に口に出してくれると、色々と話が早いんですけどね」
「ザップがどれだけ回りくどい男かは君が一番よく知ってるだろ」
「そうですけど、俺が貧乏だからって自分も無理して散財してどうするんですか。共倒れじゃないですか」
「あいつなりの美学のつもりだったんだろう。君は施しを素直に受け取らないだろうし、それなら自分も初日に散財して来月まで一緒に苦労しよう、という……」
「出た~!久々に出たよ~美学!他全部グダグダのくせに要所要所で出る美学~!」
「それじゃ、ここは僕が払っておこう。金払いが良く聡明な上司に感謝するように」

伝票を持って一人カウンターに向かった上司の背中に、俺はぺこりと頭を下げた。
ただ、すたみな太郎の昼ランチは一人980ゼーロ程度なので、そこまで恩を着せられるほどの金額ではないはずである。


「ここでずっと待っててくれたんですか」
「………………」
「……カルビ、美味しかったですよ。ありがとう、ごちそうさま」

耳元で声をかけながら、ザップさんの思念が感じられなくなったマネキンの頭を何度も何度も撫でた。
おそらく周囲の客たちであろう冷たい視線を感じるが、構うものか。俺は頭のてっぺんからマネキンに付着した血飛沫の一滴に至るまで、ザップ・レンフロに纏わる全てを愛しているのだ。何も恥じ入ることなどない。


そう強い意志を込めてしっかりと前を向くと、ようやくわたあめ作りを終えたらしい愛する妻と子が、鳩が豆バズーカを喰らったような表情でこちらを凝視していた。


「見るな!見るなバレリー!お前のもう一人のパパは遠い世界へ行っちまった……!」
「ダメよレオ!みんな見てるじゃない!そういうお人形遊びは誰も見ていないところでこっそりやるものなの!」
「何でかなあ!何でこのタイミングで二人揃って来るかなあ!」
「わたあめの錬成がちょうど終わったからテーブルに戻って来たんだろうがよ!」
「ザップさんそれはでかすぎですよ!でかいなぁ~わたあめが!大トトロが持ってる葉っぱみたいじゃないですか!」
「おめーガキの前でハッパの話してんじゃねえよ!多感な時期に娘が危険ドラッグに興味持ったらどうすんだよ!」
「そっちのハッパじゃねーよ!大トトロ持ってないだろ大麻とか!」
「レオ!店員さんにはお会計の時にさりげなくお礼を言うのがスマートなの!わざわざマネキン人形さんを席に呼んで耳元でカルビのお礼を囁かなくていいのよ!」
「知ってるよ!」
「つーかクソ上司は?今日結局何の用事だったんだ?」
「よく分からないけど、やわらかいウエハース以外の食事は喉を通らないとか言って先に帰りました」
「どんだけ消化器官弱ってんだよ」
「スターフェイズのおじちゃんかわいそう」

とりあえず座ったらと妻子を促したものの、マネキン人形は相変わらず俺の隣に座ったままだし、ザップさんは積乱雲のようなでかさのわたあめを持ったままなので、引き続き周囲の注目が集まる。
てめえら何見てんだコラ、とチンピラ然とした態度のザップさんだが、そりゃ見るだろう。見るなと言う方が無理だ。俺が逆の立場でも普通に見る。凝視する。何なら記念にムービーとか撮ってると思う。


「パパ!周りからジロジロ見られて恥ずかしいんだけど」
「座っているだけなのに世間からの注目を一身に浴びられてラッキーって方向で受け止めたらいいだろが」
「その方向で受け止められるなら最初から悩んでない!パパが料理好きなのは知ってるけど、こだわるのは家の中でだけにしてよね」
「別に料理が好きって訳じゃ……」
「バレリー、ザップさんは料理を作るのが好きなんじゃなくて、好きな人がおいしい食べ物をいっぱい食べてる姿を見るのが好きなんだよ。だからわたあめを無暗にでっかく作り過ぎたり、気合を入れ過ぎてビーフステーキを八時間焼いたりしちゃうんだ」
「え?そうなのパパ?」
「おっ、おいおいテメー、何だよ急に」
「ふふっ、レオナルドはザップさんの隠された想いに気付いてしまったんですよ。八分くらい前にね」
「本格的に急じゃねえか何なんだよマジで」

俺はザップさんの質問を笑って誤魔化すと、指先でわたあめの先端を千切り、その大きすぎる愛情の片鱗をごくりと飲み下した。






しかし、わたあめが規格外にでか過ぎたので、三人がかりでいくら千切って飲み下しても全く食い終わらず、「テーブルに運んだ食材は全て食べきること」というバイキングの暗黙のルールも足枷となり、それからわたあめ以外の食物を一切口にすることが出来ないまま、ウォッチ一家の90分のバイキングタイムは終わりを告げた。





「料理のスケールのでかさが愛情のでかさと言えど、流石に限度というものがありますよね」
「おう、俺も今回ばかりは反省したわ。次からはステーキの焼き時間も抑えるわ。四時間くらいに」
「時間単位ではなく分単位に抑えるという選択肢はないんですか」
「ねえねえ!ちょっとパパ達!見てよこれ!」

わたあめでパンパンに膨らんだ腹を抱えて部屋に転がる俺とザップさんの前に、バレリーがスマートフォンの画面を付きつけてくる。
そこには『すたみな太郎HL店で目撃!マネキンを撫でさすりながら90分間積乱雲のようなわたあめのみを貪る三人グループの謎を追う!』というよく分からないニュースサイトの見出しと、でかすぎるわたあめを小鳥のように啄むウォッチ一家の画像が表示されていた。


「さっきお店に居た人が隠し撮りして投稿したんだわ!酷いと思わない?!」
「うーん……でもなぁ……ほぼ事実の羅列だからなあ」
「怒るに怒れねえとこあるよな」
「謎を追う!と宣言してるところはちょっと尊敬の念すら抱きますよね」
「俺だったら絶対追いたくねえぜこんな謎」


何かの切っ掛けでこのニュースが全国的に拡散され、秘密結社幹部のランチ風景が画像付きでネットニュースに取り上げられるってどうなの?とスターフェイズさんから詰問される事態を想像して密かに肝を冷やしたが、ニュースは見出しも内容もあまりにも意味不明の出来事だったため市民の関心を引く事もなく、堕落王フェムトからの「この綿菓子の形、積乱雲よりもむしろ層積雲と呼ぶべきじゃあないかね」というクソのようなコメントが一件付いただけで、それ以上話題にはならなかった。


 

bottom of page